まるぽて

みかこのなんでも書くブログ

妹の命日はいつもの一日

みかこです。

 

きょうは妹の命日。

 

命日だから何かするのかというと、わたしは特別何もしないです。

教会にも、召天者記念礼拝とそれにまつわる奉仕はあるけど、家々でどうというのはないです。

一昨年の年末、もうすぐ命日なのかー、別の意味も持つ日にしたらいいような気がするなー、と思いました。

それで、1年前の今日、プラット2.2で初めて、セミナーを開催させていただきました。

講師デビューというのかなあ。でもやってみると、何かそこまで思っていたより特別な感じもなく、うっかりすると忘れそうなくらいです。別の意味を持たせるのにはどうやら失敗したけど、命日そのものもなんとなく薄まっている気がする。

そしてなぜか講座をやったのもすごく昔のことのような気がしていましたが、まだ1年しか経ってないのですね。

記憶とは、水の中のミルクのようなものです。

 

東京にいた頃、家族でお墓に行ってみると、花立に新しいお花が入れられていることもあって、誰か来てくれたんだなあ、ありがたいなあと思ったりしました。

そのお墓にはまだ妹しか入っていないので、妹のことを知る家族以外の誰かが、そのようにしてくださっているんですね。

そういうふうに、妹のことを気にかけてくれる人がたくさんいるということは、お葬式をやらなかったら、わたしの家族(特に父)にはわからなかった。

開かれたお葬式をやることにして、よかったと思っています。

 

 

7年経ち、妹のいない毎日を、当時、思ってもいなかった土地で、思ってもいなかったようなことをしながら過ごしており、とても不思議な気もしています。

 

妹が召されたのは、東日本大震災の2ヶ月くらい前で、チャイコフスキーの5番をやりたいなぁとか、井田さんかっこいいなぁとか思ってエルムの鐘にとりあえず入団して、最初の演奏会をひかえていて、というころ。

仕事もちょうど忙しくなっていて、忌引もあったけどほぼ使わず、家にいるときは楽器の練習をして、みたいな感じで、やることに追われていたというか、それらになんとか引っ張ってもらっていたというか、そういう感じでした。

 

「わたしの人生の一大事なのに、しっかり悲しんでいない気がするが、それでいいんだろうか」

 

と思ったりしながら、忙しく過ごしていました。いまは、「そのときはそれでよかったんだろうな」と思っています。

 

家族の中の一人が亡くなったというのにも、反応はそれぞれ違うもので、どれが正しいでも、ひどいでもなく、その人はそういう乗り越え方をするのだ、ということなんだと思います。

平気そうな顔をしているから冷たい人、というわけでもない。

それぞれみんな、自分の一生を生きていく途中にいるからね。